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『人と時』

アルバムライナーノーツ

Album Liner Notes

洗いざらしの木綿のようなその歌声は静かで、ひかえめで、ともすれば時にそっけないほどなのに、気づけば無遠慮なまでに私の心のひだを震わせる。たとえば明るいとか暗いとか、コードとその進行の如何にかかわらず旋律はゆるやかで、だけどなぜだが胸がざわつくこともある。聴くうちに次第に揺さぶられていくような、そんな不思議な音楽の名前は、熊木杏里という。

彼女のアルバムを聴いて、ライブに足を運び、当人と話をしてようやく、心が動かされるその理由がわかった気がした。

実は、激しいのだ。楽曲の素になる感情が、時に激しく揺らいでいるのだ。しかしそれが音楽として表現されると、途端に趣を変える。そうした独特なフィルターを、音楽と生きる中で彼女は生み出したに違いなく、それがそのまま唯一無二の世界観を形作っている。

だからこの音楽はことさらに主張せず、押し付けず、だけど確固たる自我に裏打ちされている。野花みたいだなと、そう思う。確かにそうだ。熊木杏里は、原っぱに強くたくましく咲く、されど可憐な野花みたいだ。

ニューアルバム『人と時』には、彼女のそんな本質がしっかりと落とし込まれている。静かで穏やかで、その実とても強い意志に貫かれている。

音楽性という観点からも、自身のスタンダードを極めたと言ってもいいはずだ。ときどき昭和のフォークソングの風が吹き、ときどき洗練されたポップスが華やぎをたたえ、それをお日様の匂いのする歌声がまるっと包み込む。

「同世代の女性に聴いてもらいたい」

彼女がそんな風に聴き手のイメージを持つことは、もしかすると初めてかもしれない。だが、ひとりの女性として、ひとりの母として生きる日々の隙間からこぼれる感情や心象が歌になるのであれば、それは同じように暮らす人の毎日にも同調するはずと、そう思うのは必然だろう。

事実、本作はやさしい。

私たちの日常は、極端な感情に支配されることは実はあまりなく、毎日はだいたい何でもない心持ちのままに過ぎていく。だけど、ふとしたときに感じる喜びやせつなさは確かに存在していて、熊木杏里はそれを丁寧に切り取る。だから、その音楽はさり気なく、聴き手の機微に寄り添うのだ。

直接的に応援してくれるわけでもなければ、慰めてくれるわけでもない。でも、必要とすればそっと背中を押してくれる。そんな風にして、私の何でもない毎日のそばにいる『人と時』。まるで人生そのものみたいなこのアルバムとは、どうやら長い付き合いになりそうだ。

文・斉藤ユカ