―― 1972年、15歳でデビューしてから今年の4月で45周年を迎えた。デビュー日の翌日、初CD化曲も含めた初のシングルコレクションを発売、3枚組全50曲という膨大なアルバムは、改めて彼女の稀有な軌跡を実感させてくれた。そして、アルバム発売後には、東京国際フォーラムで45周年コンサートも開催、「大ヒットもないままに」と冗句を交えつつ、シングルコレクションに捕らわれない選曲で、彼女にしか作れない音楽空間を堪能させてくれた。更に、である。オリジナルアルバム『月に聞いた11の物語』が出た。何と6年ぶりだ。
毎年、コラボアルバムとかは出してて新曲も書いていたんですけど、ファンの方たちからは、それよりもオリジナルを、という声が強くて(笑)。やっぱりアルバムですから気持ちも違います。物語を作るのは好きですし、提供曲の中でも入れたい曲が何曲かあったり、6年ぶりだし、年も年だし、やりたい曲だけやればいいや、ということで気持ちが好きなものがぎゅっと詰まってます。
―― 新作アルバムはタイトル通り11曲。書き下ろしの新曲が5曲、ライブのみで披露した曲が2曲。アーテイストに提供したセルフカバーが4曲。アレンジをゲームやアニメ、映画音楽などで名を馳せている蓜島邦明、寺嶋民哉、保刈久明、盟友、石井AQ、からくり人形楽団に依頼、どれもそれぞれに想像力溢れる物語の世界に引き込んでくれる曲となっている。
アルバムのことはずっと頭にあったんですけど、作り始めたのは今年になってからですね。順番は覚えてないんですが一番新しいのが「城あとの乙女」で、古いのは、多分「きつね」ですか。「白雪姫」は、このテーマで前から歌にしたかったものですね。
―― タイトルに「物語」と使ってあるのは、単なる比喩とか語呂ではない。それぞれが、童話や民話のような現実と非現実の境を超えた不思議なファンタジーとなっている。そして、そこには読後感のような教訓的な手ごたえもあったりする。一曲目の「きつね」もそんな歌だ。アルバムには、全曲についての彼女の解説もついている。「きつね」は、宮沢賢治の童話「土神ときつね」に登場する狐がモデルになっているのだという。
随分前に読んだお話で、40代になった時に再読したらなんで、というくらいにボロボロ泣いてしまった。土神ときつねの恋のさや当てのお話。乱暴者の土神がお洒落でスマートで話も上手なきつねに嫉妬して殺してしまう。土神がきつねの体を抱いて住居に入っていったら、何にもない穴だった。それまできつねが話していた天体望遠鏡や詩集とかの話は作り話だった。それを見て土神はきつねを抱いたままオイオイ泣いてしまう。最後のがらんとした穴が衝撃的でそれを歌にしたかったんですね。
―― どんな歌になったのかは、ご自分の耳で確かめていただきたいのだが、自分を愛せない「嘘つきのきつね」と宇宙を作った「神様」の物語をどう感じるか。嘘つきと神様。童話や民話が、時としてその人の人生を映しす出すように、彼女の書く歌をどう感じるかで、今のあなた自身が見えてくるのかもしれない。
谷山浩子を形容する時に“メルヘン”や“ファンタジー”という言葉が使われるようになってすでに40年が経つ。でも、彼女の書く物語は、それらの言葉が印象として持たれがちな“花よ蝶よ的少女趣味”とはかなり違う。その最たるものが二曲目の「サンタクロースを待っていた」ではないだろうか。
何しろ、何百年も待ちかねたサンタクロースは黒い服を着て白い目をしている。ブラッククリスマスである。
一番だけだったら普通のクリスマスソング(笑)。待ち続けるということを書きたかった。最初は、サンタクロースの目が白かったら怖いだろうな、というところから始まりました。10歳の時に「クリスマスツリー」という歌を書いたんです。小学生の時に。50年経って二作目のクリスマスソング(笑)。その時も、クリスマスの時はイルミネーションも綺麗だけど、終わると全部はぎ取られて、物置みたいなところに入れられました、という諸行無常の曲でした(笑)。
―― 谷山浩子は45年の間に「三回デビューしている」。一回目が72年にアルバム『静かでいいな~谷山浩子15の世界』、二回目が75年にヤマハのポプコンに「お早ようございますの帽子屋さん」が入賞、シングル盤が出た時、三回目が77年にシンガーソングライターとしてアルバム『ねこの森には帰れない』が出た時ということになる。その時から数えても今年は40周年にあたる。
最初に曲を書いたのは7歳ですね。小学校1年。「クリスマスツリー」を書いた時には50曲までのストックはなかったと思います。歌謡曲の作詞作曲家か漫画家になりたいと思ってました。ただ、絵が下手なんで、漫画家は諦めましたけど、今だったら同人誌を作ってたりしてるかもしれませんね」
15のデビューは、小学生の頃好きだった中村晃子さんのいたキングレコードに持ち込みをして、アルバムを出してもらえたんですけど、プロになったるという意識もなくて。LPを出したというだけで終わってました
高二の時にヤマハのポピュラーソングコンテストで入賞して。その時も、出来れば歌手よりも作詞作曲家になりたかった。ちょうどその頃にシンガーソングライターのブームが来て、自分で歌う方が、曲を発表する早道なんだと。ヤマハの人も専属契約しませんか、と言ってくれたんで。それから40年(笑)。
―― 4月の45周年コンサートを見ていて、改めて思ったことがあった。それは、彼女の書く歌の中にあるシニカルさや批評性だった。世の中や常識に対して、どこか懐疑的な視線が物語になっている。現実に同化しきれない人たちが見てしまうもう一つの世界。時間軸が歪んでしまったような迷路のような世界。ルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」がそうであるように、というような解釈は、ファンにすれば今更、ということに尽きるだろう。アルバム『月に聞いた11の物語』にも、そういうお話がいくつもある。例えば「無限マトリョーシカ」もそうだ。どこまで行っても果てしない自分という終わりなき旅の歌は実存哲学のようだ。
この歌は何だろう、と思われたかった(笑)。一番は東海林太郎の「国境の町」なんです。若い頃、生れてない時代の歌謡曲が好きで譜面を見ながら歌ってたお気に入りの歌の一つ。ソ満国境を超える。凍てついた大地を走るソリ。永遠とか無限とか呼ばれているものに取りつかれて旅に出たんだけど、変な森に迷い込んでしまう。自分を脱ぎ捨てても脱ぎ捨てても自分なんです。
―― そう森、である。彼女の歌の中の重要な舞台である森。子供の頃、神社の境内の奥に広がるうっそうとした森の奥で未知の何かが潜んでいるような恐怖を感じたことはないだろうか。アルバム『月に聞いた11の物語』にも何度となく森が登場する。森に住むリスの恋物語「ジリスジュリス」は何とも微笑ましい。
そのせいで自然派と思われることも多くって(笑)。猫もよく出てくるから、一杯飼っているんじゃないかと。全部、夢の言葉なんです。森というのも自分の中のある領域。実際に森に行ったら、足が何本もある虫が出てきて気を失いそうになったりします(笑)。
―― 彼女の歌を“怪しい&妖しい系”と“美しい系”に大別するのが定説になるのだろう。それが一緒になった歌も多い。新居昭乃が書いた曲に詞をつけた「秘密の花園」や「城あとの乙女」、「白雪姫と七人のダイジョーブ」もそんな歌だろう。時を超えた美談の果ての運命の残酷さ。全てがねじれてしまう「螺旋人形」は、彼女の独壇場だ。「怖かったですよ」という曲の感想を口にすると、彼女は満面の笑顔で「嬉しい」と言った。
ずっと一緒にやってきた石井AQさんの曲なんですけど、横溝正史に出てくるわらべ歌みたいなものが書きたかった。殺人の見立てに使われるような歌。わらべ歌風だけどちょっと不穏な感じにしたかったんです。
―― 彼女は「今の日本の音楽シーンは全く知らない」と言い切った。宮沢賢治や東海林太郎、横溝正史、話の中に登場する固有名詞の多様さ。洋邦を問わない作家や小説、そして歌のタイトル。時を超えた様々な作品に培われた彼女の歌が“ヒット”や”流行“という瞬間風速の外にあるのも必然なのかもしれない。
彼女の過去の作品が若いアニメやゲームファンの間で静かなブームになっているのだそうだ。
ツイッターなんかで時々見ます。物語の好きな人たちが多いんだろうなと思いますね。
―― 音楽から「物語」が失われていると感じるのは僕だけだろうか。映画でもなく小説でもない、音楽だから楽しむことの出来る想像の世界――。
テレビに出るわけでもなく大量に宣伝が流れるわけでもない。でも、そうやって40年以上、ひっそりと紡ぎだされ、聞かれてきた物語が色あせることはない。
このアルバムが日本のポップミュージックの中の「物語の復権」のきっかけになれば、と思う。
インタビュー・文 田家秀樹